大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)1359号 判決 1958年5月27日

原告 金沢平翰

被告 坂下宇八 外二名

主文

原告の訴はすべてこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告は大阪市北区小松原町二三番地の七、同所一番地の一〇所在家屋番号同町九七番、木造瓦葺三階建店舗一棟、建坪三九坪四合三勺、二階坪三一坪三合七勺三階坪七坪三合五勺地下坪三坪七合一勺(以下本件家屋という)とを明渡し、且被告等は連帯して昭和三〇年一一月二六日以降右明渡済に至るまで一ケ月金五〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決並に仮執行の宣言を求め、

その請求の原因(第一次的請求原因)として

「一、本件家屋は、もと被告秋山圭同秋山小まつが占有していたものであるが、原告は昭和三〇年五月九日、先に大阪地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二、八三〇号事件において原告と右被告両名間に成立した和解調書の執行力ある正本に基く強制執行によつて、これが引渡を受けて占有を開始し、その後原告の占有を表示する標識及び施錠をなし、原告において本件家屋の占有を継続してきた。

二、ところが被告等三名は、訴外富士商事株式会社と通謀し仮装執行によつて、本件家屋に対する原告の占有を侵奪しようと企て、昭和三〇年一一月二六日被告秋山圭の妻である被告秋山小まつを先ず本件家屋に潜入させ右家屋をあたかも被告秋山圭が占有しているように見せかけた上、同日午前一一時頃大阪地方裁判所執行吏向井量平を同家に差向け、右訴外会社と被告秋山圭間の大阪簡易裁判所昭和二八年(イ)第一、四二五号事件の和解調書の執行力ある正本に基き右訴外会社より被告秋山圭に対する本件家屋明渡の強制執行をなし、その結果同訴外会社をして一旦本件家屋に対する占有を開始せしめた直後、被告ら三名は同訴外会社から被告坂下名義で本件家屋を賃借し、これを占有するに至り、以て占有侵奪の目的を遂げた。(右執行に利用された債務名義は、被告秋山圭の訴外会社に対する債務三〇〇万円を担保するため本件家屋の所有権を訴外会社に譲渡し抵当権設定及び所有権移転請求権保全仮登記をなすこと並に被告秋山圭が右債務の分割弁済を怠るときは本件家屋を訴外会社に明渡すべき旨を内容とするものであるが、右債務は昭和二八年一一月一四日弁済により消滅したもので、右債務名義は右執行当時すでに債務名義として効力を失つていたものである。)

三、被告ら三名は以上のとおり共同して本件家屋に対する原告の占有を侵奪し、現に被告坂下の賃借名義で本件家屋を店舗として営業をし共同してこれを占有しているのである。よつて原告は本件家屋に対する占有回収として、被告等に対しその明渡を求めると共に、被告等の右占有侵奪により原告は本件家屋のの賃料相当の損害を受けているので被告等に対し連帯して、占有侵奪の日である昭和三〇年一一月二六日から右明渡済に至るまで一ケ月金五〇、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。」と陳べ、

(予備的請求原因)

右第一次的請求が認められないときの予備的(第二次的)請求の原因として、

「原告は昭和二九年六月一九日被告秋山圭より、同被告が原告に対し負担する前記大阪地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二、八三〇号事件の和解調書に基く債務の代物弁済として本件家屋を譲り受け、その所有権を取得した。そして被告等三名は本件家屋を占有すべき何等の権原がないのに、昭和三〇年一一月二六日以降共同してこれを不法に占拠している。よつて原告は被告等に対し所有権に基き本件家屋の明渡を求めると共に被告らの右不法占有のために、原告が所有者として取得すべき本件家屋に対する賃料相当の収益を妨げられているので昭和三〇年一一月二六日以降右明渡済に至るまで一ケ月金五〇、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。」と述べ、

被告等の本案前の申立に対して「原告は昭和三〇年一一月三〇日被告坂下を相手方として、大阪地方裁判所に、本件家屋につき占有回収の訴を本案とする不動産仮処分命令を申請し、昭和三一年五月一日、同裁判所昭和三〇年(ヨ)第二、六九四号事件として、『(一)申請人(本件原告、以下原告という)が保証として被申請人(本件被告坂下、以下被告坂下という)に対し、金三〇〇、〇〇〇円又はこれに相当する有価証券を供託することを条件として本件家屋につき被告坂下の占有を解いてこれを原告の委任する執行吏の保管に称す、この場合執行吏は原告の申出があるときは、前記家屋を原告に占有保管させなければならない。更に執行吏は以上の趣旨を明らかにする為適当な公示方法をとらなければならない。

(二) 被告坂下が保証として原告に対し金一、七〇〇、〇〇〇円又はこれに相当する有価証券を供託することを条件として、被告坂下は前記仮処分決定の執行の停止又は執行処分の取消を求めることが出来る。』旨の仮処分決定が発せられた。而して原告は右仮処分決定の執行に着手したが、被告坂下において右解放金額を供託し、仮処分執行停止決定を得てこれが執行を停止した。以上のとおり原告は被告等によつて本件家屋の占有を侵奪された日より一年以内に、占有回収請求権を被保全権利とする仮処分命令を申請し、それに対する前記のような決定を得ているのである。

ところで民法第二〇一条第三項に所謂訴とは右のような保全訴訟を当然含むと解すべきであり、且つ前記仮処分決定の執行は停止されたとはいえ、原告の本件家屋に対する占有権は右仮処分決定によつて保全されているものであつて、原告は既に保全されている占有権の行使として占有回収を求めるものであるから、原告は占有回収訴権を喪失したものではない。」と述べた。

被告等三名訴訟代理人は、本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、その理由として「(一)原告の本訴は第一次的には占有回収の訴であるが、占有回収の訴は占有侵奪後一年内に提起すべく提訴期間を経過した時には右訴権を喪失するものであることは民法第二〇一条第三項に明定するところである。然るに原告の本訴がその占有を侵奪されたと主張する日から一年を経過した後に提起されたことは明白であるから、結局原告は本件家屋につき占有回収訴権を有しない。(二)また原告は右占有の訴を提起後、その請求を排斥せられる場合を顧慮して予備的に所有権に基く訴を併合提起したものであるが、このように占有の訴に本件たる所有権に基く訴を予備的に併合することは許されない。よつて原告の本訴はいずれも不適法であるから、却下を免れない。」と述べ

本案について「原告の請求をすべて棄却する。」旨の判決を求め答弁として、原告主張の第一次的請求原因事実中原告が第一項のような強制執行に着手したこと、訴外富士商事株式会社が第二項のような、強制執行に着手した事実は各これを認めるがその余の事実は否認する。すなわち原告主張の請求原因第一項の和解調書は昭和二九年一二月七日成立したものであるがこれより先、同年一〇月一〇日被告秋山圭は本件家屋を被告坂下に賃貸してその引渡を終え爾后被告坂下において単独でこれを占有していたものである。そこへ原告はその第一次的請求原因第一項で主張するような強制執行に着手してきたが、当時その債務名義の名宛人と異る被告坂下が本件家屋を占有していたため本来その執行は不能であるのに原告は執行に名をかり被告坂下に対し治療二週間を要する傷害を加えて同人を屋外にかつぎ出し、多数動産を本件家屋に残置せしめたままこれに板張を施して執行を打切り表面執行完了の形式を整えたものである。実情右のとおりであつて形式上はともかく実質的には右明渡執行は完了していなかつたのである。よつて被告坂下は右強制執行によつて本件家屋の占有権を喪失したものではないから、常に本件家屋に出入して屋内残置財産の管理を続け、同年一一月よりは本件家屋で営業を再開し、引続きその占有を続けて来たものである。従つて、勿論原告が右強制執行により本件家屋の占有権を取得したものでもない。而して訴外会社よりの被告秋山圭に対する原告主張の強制執行は原告よりなしていた右強制執行のため不能に終つたものである。と陳べ、

予備的請求原因事実はすべて否認する。すなわち原告は代物弁済により本件家屋の所有権を取得したと主張するけれども原告主張の債務名義である大阪地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二、八三〇号事件の和解調書による被告秋山圭、同秋山小まつの原告に対する債務は原告主張の代物弁済前既に弁済により消滅していたから原告は有効に本件家屋の所有権を取得していない。従つて右和解調書は本件家屋の明渡執行の債務名義としても無効となつている。これらの点については被告秋山両名より原告を相手方として別訴で右和解調書の債務不存在確認請求訴訟(大阪地方裁判所昭和三〇年(ロ)第三、一六五号)をすでに提起して目下係争中である。と述べた。

理由

原告は、第一位的に本件占有回収の訴を提起し、右第一位の請求の理由ない場合を顧慮し、係争中に予備的に所有権に基く訴を併合提起したものである。(本件は占有の訴と本権に基く訴の単併合でなく、又その交換的請求併合でもない。原告は本件占有の訴が却下又は棄却される場合に附随的に所有権に基いて請求認容の判決を求めるものである。)そこで先づ右両訴について適否を考えてみる。

一、第一位的請求たる占有回収の訴について、

そこで先ず占有回収の訴について検討するに、占有回収の訴(損害賠償請求訴訟を含む)は民法第二〇一条第三項によりその侵奪の時から一年内に提起することを要するところ、原告の主張によれば本件家屋に対する原告の占有が侵奪されたのは昭和三〇年一一月二六日であり、本訴が昭和三二年四月八日提起されたことは記録上明らかである。してみれば、本件占有回収の訴(損害賠償請求訴訟を含む)が右出訴期間経過後提起されたものであることは原告の主張自体より明かである。原告は右条項の訴には保全訴訟を含むと解し原告は昭和三〇年一一月三〇日本件家屋につきその主張のような仮処分命令を申請したから右出訴期間を徒過したことにはならないと主張するが、民法第二〇一条第三項に所謂占有回収の訴には右のような仮処分命令の申請を包含しないと解するを相当とするから、原告の右主張は理由がない。又原告は昭和三一年五月一日その主張のような仮処分決定を得てその執行をしたものであるから原告の本件家屋に対する占有権は保全されており、本訴は保全された占有権の行使であるから民法第二〇一条第三項の訴提起期間の制限を受けない旨主張するが、民法第二〇一条第三項は占有回収の訴についての出訴期間を規定したもので、右期間内に占有訴権を被保全権利とする仮処分がなされたと否とを問わず、占有の訴(本案訴訟)そのものが右期間内に提起されない以上右出訴期間の進行は停止されないものと解すべきである。これと異る見地に立つ原告の右主張は理由がない。以上の次第で原告の第一位的請求原因に基く本訴は、出訴期間経過後の訴であるから、不適法として却下すべきものである。

二、予備的請求について

原告は係争中の占有回収の訴に、予備的に本権たる所有権に基く訴を併合提起し、被告は占有の訴に本権の訴を予備的に併合することは許されないと主張するので判断する。

およそ請求併合の一態様として請求の予備的併合が許されるのは第一位の請求と第二位の請求とが法律上論理的に相排斥する場合に限ると解すべきである。

このような要件をみたす予備的請求の併合においては、先順位の請求の理由あることが法律上論理的に後順位の請求の消極的要件をなし、又先順位の請求の理由ないことが法律上論理的に後順位の請求の積極的要件をなすから、先順位の請求について審理裁判をすることは同時に後順位の請求の前提要件について審理しつゝあることゝなる。この場合原告は第一位の請求が是認せられる場合には予備的請求については当然その理由ないことを認める(条件附請求の抛棄)と共に、予備的請求について当然満足をうけその申立はこれを取下げる意思を予告的に表示するものといわねばならない。そしてこの場合これを被告の立場よりみて、被告が無条件に当初より予備的請求について応訴義務あるものとしても、第一位の請求が是認せられる場合は予備的請求について請求棄却の判決があつたのと同様となり(民訴二〇三条)第一位の請求是認の判決が確定することにより予備的請求について本案判決後に訴の取下(民訴二三七条二項)があつたのと同様の結果を生じ、被告は同一の権利について再び防禦を講ずる必要をみないから、予備的請求の応訴について少しも自己の地位を不当に不安定ならしめられることがないのみならずまた自己の防禦を徒労に終らせることもない。

右と異り、両立しうる数個請求については、右のような請求併合の態様は許されない。けだしこの場合の予備的請求は純然たる条件附申立となり許されないからである。詳述すれば両立しうる数個請求について原告がかりに順位を付したとしても被告よりみれば後順位の請求に対し防禦を講するもその防禦が徒労に帰するや否やを確定的に知るを得ないからである。しかも両立しうる数個の請求(例えば権利競合の場合)はこれを予備的に結合するも、後順位の請求について条件附請求拠棄の意思表現を包含しないから、主たる請求を是認する判決があつても後順位の請求について請求棄却の判決があつなことにならない(この場合原告は後順位の請求について何らの裁判を要求していないのであるから裁判所はこれについて何らの裁判をなしえない。そうだとすれば、被告の応訴は無益に帰したことになる)。またもし主たる請求を是認する判決が確定することによつて当然後順位の請求についての訴取下の効力を生じるものとすれば原告の取下についての被告同意権(民訴二三六条一項)は不当に侵害されることとなり、このような結果も到底是認出来ない。後順位の請求は条件付訴と見るの外ない。

以上要するに、原告が両立しうる数個の請求について任意順次を附し、その数個請求を予備的に併合する場合は、後順位の請求について条件附訴となり、かくの如き訴は不適法として許されないものと解するを相当とする。

そこで本件につきこれを見るに、本訴は占有の訴に、その認容されない場合を慮つて予備的に本権たる所有権に基く訴を併合したものであるが、占有の訴と本権の訴とが互に排斥せず両立し得ることは民法第二〇二条に徴して明白であるから、前述説明したとおり、かゝる請求併合の態様でなされた本件所有権に基く訴は不適法であるといわねばならぬ。

以上のとおりであるから原告の本訴はすべて不適法として、その余の争点について判断するまでもなく、これを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例